滋賀銀新頭取に高橋氏

shigatoudori
常務、専務を経て15年から副頭取。京都府出身。59歳。

滋賀銀行は24日、高橋祥二郎副頭取(59)が頭取に昇格するトップ人事を固めた。
4月1日付。大道良夫頭取(67)は取締役会長に就く見通し。
トップの若返りで経営体制を強化する。
新体制で4月から始まる次期中期経営計画を推進し、
滋賀県を中心とする営業基盤をさらに強化する。
高橋副頭取は、2008年に就任した大道頭取に続く生え抜きのトップとなる。
営業畑を中心に歩み、現場経験が豊富。昨年6月に副頭取に就き、
大道頭取を支えながら中期経営計画の策定を主導した。
日銀によるマイナス金利の導入や市場競争の激化で貸出金金利の低下が進む中、
収益力の強化が大きな課題となる。
新産業や雇用の創出、事業承継などの取り組みもさっそく求められる。
高橋 祥二郎氏(たかはし・しょうじろう)立命館大経済学部卒。
1979年、滋賀銀行入行。草津支店長などを歴任し、
営業統轄部長だった2008年に取締役就任。

踊りで街 盛り上げたい 山下光子さん 85

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「大津絵の筆のはじめは何仏」。元禄4年(1691年)の正月を大津で迎えた松尾芭蕉は、絵師が新年に何から書き始めるのか思いをはせ、この句を詠んだ。今、県都には、その絵に由来する面をつけて舞う「大津絵踊り」が市無形民俗文化財として伝わる〉

 踊りを見てくれた全国の人が「こんないいもんあるんや」「大事にしいや」と声をかけてくれる。大津で生まれ育ち、守ってきた一人として、気張って続けなきゃって思います。

 大津絵は江戸時代に始まり、仏画や世俗画を描いて大津を訪れた旅人らの土産物として人気を集めました。僧衣をまとった「鬼の念仏」などが有名です。やがてそこに節を付けたものが生まれ、明治頃に芸達者な芸妓げいこが三味線で舞う踊りを付けたのが大津絵踊りと聞いています。大津にあったそれぞれの花街で踊られていましたが、1970年の大阪万博で披露することになって、お師匠さんが手ぶりをそろえ、一つの形になりました。

 踊りは面をつけるので、視野がものすごい狭い。左右の距離感も分かりにくいし、勘で動くような。そんな中で、その面に心を入れ、藤を持った「藤娘」や「鬼」になりきることが大切です。本当に奥が深い。

鳰の湖真二 大津市出身 北の湖部屋所属

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滋賀県大津市の現役力士
病気に泣き2014年7月場所も勝ち越せず7連続負け越しとなり、これにより2007年1月場所以来となる三段目への陥落を余儀なくされた。しかし同年11月場所は復調し
6勝1敗の好成績を残して1年半ぶりの勝ち越しを手にした。
現在は幕下23枚目 最高位は西前頭16枚目

「鳰の湖」という四股名は琵琶湖の古称に由来して付けられたもので、
「鳰の湖」とは「水鳥が集まる湖」という意味を持つ。
「鳰」は、故郷・滋賀の県鳥カイツブリのことである。
「にほの海やかすみて暮るる春の日にわたるも遠し瀬田の長橋」という、
新古今和歌集に収められた藤原為家の和歌にも登場する由緒ある言葉でもある

大津芸妓 夕子 伝統の芸と踊り / 大津

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大津芸妓 夕子 伝統の芸と踊り / 大津

京都が芸と踊りの原点
[芸歴]
十五歳より、京都の花街にて舞妓としてデビュー。数々の芸を勉強し修業を積む。
より伝統芸と踊りの世界を極めるべく島原の地へ。格式を重んじる廓として現存する島原にて太夫をつとめる。
数々の行事やイベントに「花琴太夫」として出演、TVから雑誌までその活動は幅広く、高い評価を得る。

びわ湖の美しさに魅せられ滋賀県大津市へ
[現在]
2012年、滋賀大津の文化人達が昔から提唱される「大津の花街の復興」に共鳴、夕子と名乗り、
京都時代に培った芸の数々をここ大津の地で披露することを決意。「濱三津』を興し、
本格的に芸妓として活動を再開する。踊りは音羽菊寿寿師匠に師事。

滋賀の小野林さんが2位 パリのチョコ職人の世界大会

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【パリ共同】チョコレート職人の世界一を決める「ワールド・チョコレート・マスターズ」決勝大会の審査結果が30日、パリで発表され、日本代表の小野林範さん(36)=滋賀県出身=が2位になった。優勝はフランス代表のバンサン・バレーさん(27)。滋賀県東近江市の和洋菓子店「八日市玻璃絵館」でシェフを務める小野林さんは「負けは負けです。今後は自分のステージを大切にしていきたい」と話した。
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「草津焼」、火災乗り越え次代へ 滋賀の工房、親子が陶器展

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「草津焼」で知られる滋賀県草津市岡本町の工房「淡海陶芸研究所」の開設30周年展が31日、同工房で始まる。2年前に火災で工房が半焼する苦境に遭ったが、再起して後継ぎも育った。今後も草津らしい陶器を追い求める。

 陶芸家の山元義宣さん(65)が1985年に開設した。工房がある一帯は鉄分の多い粘土質で、古代から須恵器が生産された地。遮水性が高く、鉄分の結晶が独特の風合いを生む。茶わんや皿、花器など普段使いの作品を生産し、97年に「草津焼」として市のブランド指定を受けた。